腰痛の治療法

 EBMとは Evidence Based Medicine の略語です。 日本語で言えば、「根拠(エビデンス)に基づく治療」です。「この治療法はエビデンス evidenceがある。」 と言う場合、これは「<この治療法は多くの場合に有効である>ということが実証されている。」という意味です。
 EBMを説明するのに、次のように幾つかの質問と答えを用意しました。 これを読めば、EBMがどのようなものであるか理解できるのではないかと思います。

Q1.「根拠に基づく治療」とは、具体的にどのような根拠に基づくのですか。

A1.ある治療を多くの患者に行い、これが統計的に分析して明らかに優れているかどうかという根拠です。 これには様々な方法がありますが、次の2つが信頼のおけるものとして使われます。

 @二重盲検法 ・・・ 病気の程度や年齢性別など、さまざまな条件がほぼ同等とみなされる2つの グループに対して、一方には本当の治療を、もう一方には偽の治療を行い、その効果を比べるものです。 二重盲検とは、治療する側も治療される側も本当の治療か偽の治療かを知らされないようにすることです。

 Aメタアナリシス ・・・ 過去の膨大な文献のなかから信頼のおけるものをいくつか選び出し、それらを 統合して分析する方法です。ひとつひとつの文献の症例数が少なくても、それらを統合することにより大きなデータが得られ、信頼性が 高まるわけです。


Q2.エビデンスのある治療法を用いることで、どんなメリットがありますか。

A2.ほんとうは、もっと効く方法があるかもしれませんが、 とりあえずエビデンスのある治療法を用いることで、「効果が得られる可能性が高い」ことになります。 「えっ、可能性?」と思う人がいるかもしれませんが、100%効果がある治療法などこの世にはありませんから、 可能性が高いということは十分に意義のあることなのです。


Q3.それではエビデンスのある治療法と言えないのはどんな治療法ですか。

A3.一言で言えば「個人の経験に基づく治療」です。そのなかには効果がある ものも、効果が無いものも含まれているはずです。本当に効果があるものならば、それを世の中に公表して、 みんなでエビデンスを作っていかなくてはなりません。エビデンスを作るには、多くの患者と多くの治療者と 多くの時間が必要なのです。だからこそ、出来上がったエビデンスというのは貴重なものなのです。


Q4.エビデンスの無い治療法というのは駄目なのでしょうか?

A4.現在の治療法の全てにエビデンスがあるというわけではありません。 「効果があるけれど、エビデンスは今のところ無い。」という治療法はたくさんあります。そのなかには これからエビデンスが証明されるものもあるだろうし、エビデンスが無いと証明されたものでも、方法を 変えることによってエビデンスが証明される可能性もあります。


Q5.エビデンスのある治療法を用いることがEBMなのですか?

A5.ただ単にエビデンスのある治療法を用いるだけではEBMとは言えません。 EBMというと、エビデンスのある治療法を全ての人にあてはめれば良いと誤解している人もいますが、 疾患の状態は個人個人全て異なるはずですから、その人に合わせてエビデンスのある治療を個別に選んでゆく必要があります。 ですから「治療のガイドライン」はEBMの集大成ではありますが、 それをそのまま全ての例に当てはめるのはEBM本来の意味から逸脱してしまうことになります。

 以下に、EBMに関連した、私見を述べてみます。

 「画像所見と腰痛の間には、はっきりとした関連性が認められない。」というエビデンス

 腰痛といっても詳細にみてゆけば様々なタイプがあるわけで、 それらをひっくるめて画像所見と関連がないといっても片手落ちになります。 たとえば、腰椎圧迫骨折後の偽関節があれば偽関節部分を中心とした腰痛をきたすことは多いし、 変性側弯の凸側の脊柱起立筋に疼痛が生じやすいということは、臨床上疑いの無い事実です。 言い換えれば、「この種類の腰痛については、この画像所見と関連がある。」 というようなきめ細かな分類が必要なのです。そもそも腰痛に対するきめ細かな診断すらきちんとできていない現在、 上のようなエビデンスを言いきるのは正しいとは思えません。


 「椎間板ヘルニアに対しては手術をしてもしなくても最終的には同じ。」というエビデンス

 椎間板ヘルニアにもいろいろな状態があります。例えば、もともと脊柱管が狭いところに椎間板ヘルニアが 出現した場合やヘルニア塊が神経根の出口を塞いだような状態など、これらは保存的治療を行っても なかなか症状が取れないのです。いっぽう、脊柱管が広くてヘルニアが出ても神経の通り道に余裕のある場合 などは数週間で症状は消失します。これらを一緒にしたものを対象にしても、きちんとしたエビデンスが得られ るはずはありません。ですから、ヘルニアのうち同じ状態のものを選んで手術法も同じ方法を用いて比較して 初めてエビデンスは意味を持つはずです。  


 「漢方薬はエビデンスに乏しいので使わない。」という医師がいることについて。

 漢方薬が西洋薬と違うのは、「この症状に対してはこれ」といったはっきりとした対応が無い(場合が多い)こと と、「証(体質や状態を漢方特有の方法で検討したもの)」によって効き目が異なるということです。ですから、 エビデンスを出そうと思えば、患者の証を同じものにそろえなければなりません。証を見ることはこれまでは 医師の経験的なものが多く含まれていたのですが、将来診断学が進んでもう少し科学的な方法で患者を分類できれば エビデンスもできてくるのではないかと考えます。例えば、「この遺伝子のある人のこの症状にはこの漢方が効く」 というような具合にです。  


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